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コラムコーナーとは

 ここコラムコーナーでは岳文会員に自由気ままに何かを綴ってもらっています。
 もしかしたら親しい人の意外な一面や、正反対だと思っていた人との共通点が見つかるかもしれません。
​ 文字を通じて理解や親睦が深まる、そんな場になればいいなと思います。
​ 更新は月1回程度です。
広報より 

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Column-コラム-

下り坂は怖くない


 私は「下り坂」にいい思い出がなかった。
 保育園生の頃。眼下の町並みが見下ろせる園のそばの公園から、まっすぐ延びる急な坂道を一気に駆け降りる遊びが流行っていた。ある日、全速力で下った友達が勢いあまって転んでしまい、顔をコンクリートの路面にしたたかに打ちつけ、前歯を折る大けがをしてしまった。七五三の撮影の直前でスティッチみたいな写真になったらしい。遊び場だったはずのあの下り坂は、幼かった私にとって「怖い記憶」として残り続けた。
 高校時代に留学したカナダで私はクロスカントリーのチームに入っていた。起伏がある山や野原をアップダウンを繰り返しながら進む長距離走であるこの競技の勝負どころは、スピードがのる下り坂だった。「下り道が勝負!ここでいかにスピードを出せるかで勝敗が決まる!」コーチから何度もこう指導を受けた私は下り坂になると、力を振り絞り、足を前に出し続けた。下り坂こそ、ほかの選手と決着をつける場。人生で最高時速を出したに違いないこの下り坂で自らを限界まで追い込んだ。ただそこには一人で勝負に挑む「寂しさ」があった。
 こうした体験があった私は「下り坂」がなかなか好きになれなかった。だが大学に入って私の「下り坂」が変わった。岳文会との出会いで好きな場所になったのだ。私が初めて岳文会の山行に参加したのは、2020年9月3日だった。下り坂で何度も転びそうになり、実際に10回以上は転んだ。急な下りでは前の人を突き飛ばしてしまうのではないかという危なっかしさだった。でも、当時の幹事長さん、広報さん、現幹事長さん、今の同期はどんな時も待ってくれて手を差し伸べてくれた。足元が不安定なところになると先輩たちが声かけをしてくれた。そして、私を無事にゴールまで導いてくれた。
          「この人たちについていきたい」
  貴重な大学の時間をこの岳文会の皆と共有したいと思った。下りは怖い場所でも、スピードを競う場所でもなくなっていた。それは人の優しさと人とのつながりを痛いほど感じるかけがえのない何かに変わっていた。早く次の山に登りたいと思った私は、6日後の2020年9月9日、陣馬山に登っていた。
  私は岳文会の活動を通して、どんな山も超えていけると思わせてくれる先輩方への信頼感、臨機応変な姿勢とリーダーシップに絶対的な心強さを覚えた。同じ空間にいるだけで安心できる同期とはもっとたくさんの時間を共に過ごしたいと思う。新入生を新たに迎えた岳文会がみんなの心のオアシスであり続けられるように、先輩方から引き継がれたこの思いやりの輪を広げ、感謝の気持ちを持って精進していきたい。


63期岩田